novelletten 2

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 最後のお別れにこの余韻だけを残して T800年12月16日 19:00  新領土

銃声が響いた。
ランベルツは赤子を抱きしめてとっさにしゃがみこむ。
何があってもこの子だけは守る、ということしか、頭になかった。
一瞬の静寂の後、ビューローがドアをたたきながら旧友の名前を連呼する。
返事はない。沈黙の中に、血の臭いが混じった。ビューローは狂ったようにドアを叩く。
すべてを察知したビューローの悲鳴とも呻きともつかない声が喉から搾り出される。
「ベルゲングリューン!ベルゲングリューン!!」
返答が永遠にないことを悟っていたが、ビューローは叫び続けた。
ランベルツの顔から血の気が引いていく。
…査察総監どのが、亡くなられた。たった今。
つい、二、三時間前まで、いつものように、あたりまえのように新領土総督のお傍にいらっしゃったのに。
…いや、だからこそ、ロイエンタール元帥のお供されたのだろうか…?
整然とした混乱にランベルツは襲われ、立ち上がることができないでいた。
バイエルラインはブラスターに伸ばした手を戻し、立ち上がろうとしてよろめくランベルツに手を貸してやった。何とか立ち上がると、ランベルツは礼をいい赤子を抱きなおす。
赤子は先ほどまでおとなしく眠っていたのに、銃声に驚いたのか、火のついたように、けたたましく泣き喚きはじめていた。
ランベルツは慣れない手つきで必死であやし、自分のほうも泣き出しそうな顔になっている。その効果はなく、赤子はますます泣き叫ぶ。
こんな時に、一番頼りになるビューローは、ベルゲングリューンの自殺にショックを受け、閉ざされたドアの前で膝をついたまま呆然としていた。
ドロイゼンが肩を揺さぶっているが、まったく反応がない。
バイエルラインは途方にくれた。何をどうしていいかまったくわからなかった。
銃声に驚いたのは、ランベルツたちだけではなかったとみえる。
聞き覚えのある、あたりに響き渡る太い声が聞こえる。
「どうした!何事だ?!」
ワーレン上級大将が副官のみを連れてこちらに向かってくる。手にはブラスターがいつでも撃てる状態で、構えられていた。
バイエルラインが首を横に振り、敬礼した手を下ろしながら重い口を開く。
「…ベルゲングリューン大将が……」
最後まで言わなくてもワーレンは察したようだった。ブラスターをしまい、ドアの前に崩れ落ちているビューローを見やった。
ベルゲングリューンが上官を失うのはこれで二度目だ。
それも、外敵と雄々しく戦って名誉の戦死を遂げたのではなく、暗殺や謀殺という類の死に別れだ。
狭まっていた思考は、ずいぶん前から死を捉えて離さなかったに違いない。
ワーレンは短く黙祷し、盛大に泣き声を張り上げる赤子をいまさらのように、目を丸くして見つめた。
「…どこから降って湧いた赤子だ?」
貸してみろといった時には、すでに従卒の少年の腕から赤子を抱き取っていた。
「ああ、元気でよく肥えているな」
抱き上げておでことおでこをくっつける。真っ赤な顔をして泣いている赤子のトーンが少し落ちた。ワーレンは優しい声音で赤子に語りかけている。
「そうか腹が減ったのか。おしめもいっぱいだな」
バイエルラインもランベルツ少年も呆然とするより他なかった。
しかし少し考えれば、ワーレンは一児の父である事を思い出したに違いない。
尤も、二人にそんな余裕が戻るのは、首都フェザーンに戻ってからのことだった。
ワーレンはハウフ副官にタオルとお湯をもってこいと命じると、バイエルラインが肩にかけているバッグを指差した。
「その中に哺乳瓶とか替えのおむつが入っているんじゃないか?」
バイエルラインはパイル地のバッグを慌てて肩から下ろし、中身を引っ張り出す。
着替えやおむつ、おしゃぶりやおもちゃに埋もれて、哺乳瓶と使いかけの錠形の粉ミルクが入っていた。バイエルラインのうれしそうな声が廊下に響く。
「ありました!」
暫くして戻ってきた副官がお湯の入ったピッチャーとフェイスタオルを手にしているのを見るや、ワーレンは叱り飛ばす。
「馬鹿者。バスタオルだ!」
ピッチャーを上官に渡し、回れ右して駆け足で戻っていく副官の後姿をランベルツは、魂の抜けた顔で見つめている。
気が緩むと、頭の中が溶けていきそうだ。
本格的に魂離れしつつあるランベルツの耳に、怒声に近い声が突き刺さる。
「おい、従卒!」
ワーレンは左の義手で赤子を抱き、右手だけで器用にミルクの準備をしている。
一回分を哺乳瓶に入れ、お湯を注ぎ、栓を戻すとしてちゃかちゃかと振る。
「必ず口にするものから用意しろよ。下の世話の後でするんじゃないぞ」
「はい!」
「消毒に神経質になることはないが、気をつけるにこしたことはないからな」
出来上がったばかりの哺乳瓶を従卒に渡す。
「あと、必ずミルクは自分の舌で確認しろよ。冷めていても熱すぎてもだめだ」
こまごまとした指示を出しながら、ワーレンは赤子をあやし、最悪のご機嫌から、ご機嫌ななめまでレベルを引き下げた。
ワーレンの手腕は、バイエルラインたちに手品か奇術のように思えた。
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