囚われの華
□華の邂逅、崩落のはじまり
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その話を古くからの友人、この街一の妓楼の経営者である白銀にしたところ、「お前らしくもない」と笑い飛ばされた。
「しかも、その言いようだと花魁じゃなくて振袖新造に惚れたみてぇじゃねぇか」
「たぶん、ね」
「おいおい正気か?」
「んー、よくわかんないなぁ」
正直のところ、よくわからない。あの胸を焦がすほどの熱い衝動がなんだったのか――。恋なのかもしれない。それとも他の、それ以上の何かなのかもしれない。それでも、この狂おしいほどに激しい感覚は、まるで自分を蝕んでいくような感じさえもしたのだ。それほどまでに俺を突き動かす存在だったのだろうか、彼女は。
「あまり深入りしすぎるなよ」そんな白銀の忠告も耳をすり抜け、俺はたった一瞬出会った彼女のことばかり思い浮かべていた。
名前は何と言うのだろう。好きなものは何だろう。どんな風に話し、どんな風に笑うのだろう。客の前ではどんな顔を見せるのだろうか。それに、新造ということは、――まだ男を知らないのだろうか。
「俺は何を考えているのかねェ、まったく」
自嘲気味に笑いつつ、それでもそんな彼女に思いを馳せる。我ながら、純情っていうか、なんというか。らしくないとわかりつつも、やめられない。
そんな折、ふと俺の視界に二人の男女が入ってきた。女のほうは花魁だろうか。しかしどうにも様子がおかしい。まるで、嫌がる女に男が無理やり迫っているような――
「ねぇ、君なかなか可愛いじゃないか。俺買ってあげるよ」
「いけません。私柚稀姐さんの名代で、」
案の定、聞こえてきた会話は俺の予想通りのものであった。
――女の子が困ってるとあれば、助けるしかないな。
俺はその二人の元へと歩みを寄せた。
「いいじゃないか、少しくらい」
「やめてください!」
そうして男が女に触れようとした瞬間、
「そのへんにしておきな、オニーサン?」
俺はその間に割って入った。
「な、何だお前は!」
「通りすがりの正義の味方、かな?」
「ふざけやがって、こっちはお楽しみの最中なんだよ!」
男は拳を振り上げ俺に向かって突き付ける。
が、俺はすかさずそれを受け止め、
「嫌がってるだろ、離せよ」
ぎりぎりと手に力を込めながら、鋭い目つきで威嚇した。そして、そのまま片手で男を突き飛ばす。すると、男はあっという間に怖気づいたのか、「ひ、ひぃ!」と情けない悲鳴を上げながら逃げていった。
「もう大丈夫だよ」
男が去ったことを確認してからそう言うと、後ろのほうに隠れていたらしい彼女はおそるおそる姿を現した――きっと、さっきの俺が怖かったのだろう。
俺はそんな彼女を安心させるため、にっこり笑ってみせた。すると、先程まで固かった彼女の表情が、すっと和らいだ。
「あ、ありがとうございます!」
一礼して、顔を上げた少女。
――そこで、俺は目を疑った。
それは、どこかで見たことあるような――そんな程度じゃない、何をどうしても脳裏から離れてはくれなかった、あの女そのものであったのだ。
もう会うことはないだろうと思っていた。なのに、そう時間を置かずして再び彼女は俺の目の前に現れた。こうなると、最早何かの運命なのだろうか。普段の俺からしてみれば運命を信じるなんて柄じゃないが、この状況では信じざるを得なかった。
「困ってる女の子のためならお安い御用だよ」
そうして俺は、改めて彼女に笑顔を向けた。すると、彼女もまた微笑み返して礼を述べる。その笑顔をみた瞬間、何かが始まる予感がしたのは言うまでもない。心の中では、静かに警鐘が鳴り始めた。
これが、俺と彼女の本当の出会い。そして、これを機に俺と彼女の人生が大きく狂っていくことなんて、その時の俺には考え付きもしなかった。
囚われの華は、まだ蕾を付け始めたばかり。
続
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はじめまして、トップバッターを務めさせていただきました、東條蕗杏と申します。
ヤンデレ洸遊郭パロというかなり特殊な設定の連載ではありますが、お付き合いくださると嬉しいです。
今回は初回ということで、二人の出会いまでを書かせていただきました。なので、ヤンデレ色はまだまだ抑えてありますよ(笑)しかしながら、私、本業のジャンルでは専らヤンデレ書きなので……自重できなかったらごめんなさい(苦笑)
ではでは、次の方にバトンタッチ!