小説N

□bsr連載
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―――ピッ、と蛇惹の切っ先で柔らかい肌を撫でる。
一拍おいて浮き出た赤い線に指を立て、少し力を入れてその割れた皮膚をびりりと剥いだ。

「ぎゃ、ああぐああッ!」
「お客さーん、メタボリック症候群ですねー。このご時世食生活には気をつけないとダメじゃないですかー。」

口元に浮かんだ笑顔は、私が一方的にかける言葉から浮かんだものではなく、自分の持つ刃が皮膚を裂く感触が、暖かな血があふれる感触が、心地よいから。

「あぁあ…ッああああ!」
「あららら、暴れたらダメですよー。うっかり違うところ切っちゃいますからねー」

両二の腕を、火箸で骨を貫通させて縫い付けられた男は、ばたばたと折られた足をばたつかせて痛みにあがくけれど、太ももには私がまたがって座っているからその抵抗も脛をもう一度折られることによってとまる。
ぎゃー!っとひときわ元気な悲鳴を上げて、男はぜいぜい息を切らした。

「はいお疲れ。どれどれー…」
「ひぃい…!も、もう、もうやめてくれぇえ…!」

疲れたのか意識が朦朧としてきたのか、静かになった男の、皮膚を剥いだ腹にまた蛇惹の切っ先を向け、今度は筋肉を切り分けようと唇を舐める私に、男は、かすれた声でそう懇願する。
きょとんとする私を瞳に写すことなく、男は焦点のあわない瞳でこういった。

「ころ、ころし、てくれ、ぇ…!」
「えー、つまんないじゃないですか。」
「お、お、俺を、おれをころし、てから、やって、く、」
「悲鳴を聞きながらが楽しいんですよ。」

知っていますか。丁寧に丁寧に解体していけば、意識を保ったまま内臓を引きずり出すことができるそうですよ。
わくわくした表情で、嬉々としてそういった私に、男は涙やよだれでぐちゃぐちゃの顔をふっと引きつらせる。
ため息のようなものを耳に捕らえつつ、私は皮膚を切ったときのようにそっと筋肉に切っ先を埋めた。

「…あ、血が、あふれてくる。」

うっとり。
思わず目元が緩まって、私は無意識にほころんだ顔でその光景を見つめた。
こぷ、と水の沸く音がする。顔を上げれば、男の口からあふれた血液。
あら?と小首をかしげて、腰を上げて男の口をこじ開けてみる。
男は身動きひとつせず、抵抗ひとつせず、反応もせず、どこをみているかわからない瞳をして、ぱかりと口を開けた。
口の中は、血の海。

「…しまった、舌噛んだか。」

あちゃー、と額をぱちんと叩き、血にあふれた男の口をぐいっと無理やり閉じさせる。
舌をかむ力がまだ残っていたのかと、私は悔しい気持ちになりながらしぶしぶ立ち上がった。


「…女よ。」
「! ムニルさん?」

背後から、声。
いつもよりいくらか優しい声が、そっと私の肩に降りた。
振り返って彼の姿を目に写せば、彼は、なんだか悲しそうに、目を細めていた。

「気分はどうだ。」
「どうって…うーん、なんか拍子抜けした感じ。」

タガが外れるって、こんな感じなんですか。
困ったように笑って、私はムニルさんに向かって肩をすくめた。
けれど、ムニルさんはその首をゆるく横に振る。
首を傾げれば、ムニルさんはするすると草の間を滑って、血まみれの男の顔を覗き込んだ。

「今日のは、ずいぶんとねちっこいな。」
「ええまあ。気分ですかね。多分。」
「気分、か。タガが外れるときは、お前、いつも記憶などないだろうに。」
「今日はたまたまですって。」
「そうか。たまたまか。」
「たまたまです。」
「…そうか。」

ぱちりと、黒いくりっとした瞳を瞬きさせ、ムニルさんがささやく。

「女よ。」
「はい?」
「…泣くな。」
「…ないて、ないです。」

泣きたいわけでは、なかったのだ。








蝋はすでに溶けたのだ

(話をしてやろう。)

(珍しく優しいムニルさんが、座り込んだ私のひざにくるりととぐろを巻いてそう言った。)

――――――
殺人はいい。タガが外れたのに、意識を保っているっていう変化が怖いだけ。

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