小説N

□bsr連載
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冷たい樹木の温度が背中を冷やし、私は暗くなりつつある空を見上げて少し目を細めた。
卯之助君は、ムニルさんが説得して双子のところで待っているそうな。
それなら、あまり時間は取れないんじゃないかとも思ったけど、ムニルさんは少しも急ぐそぶりなんか見えなかったし、彼が私の言葉に従うようにも思えなかったので、私は諦めてため息をついたのだった。

「たしか、最近おまえはタガが外れやすくなってきたんだったな。」
「ええ、まあ。」

前に話したときは相手にもしてもらえませんでしたけどね。
少しいやみを含みつつ、ムニルさんの言葉にそう答えてやるけれど、ムニルさんは対して気にした風でもなく。
面白くないけれど、いちいち突っかかっていては話も進まないので、私はあえて何も言わずに彼の言葉の続きに耳を傾けた。

「はじめから話したほうがわかりやすいだろうな…。女、お前、一番最初にタガが外れたときのことを覚えていたりしないか?」
「もう忘れちゃいましたよ。最初に何か関係があったりするんですか?」
「いやなに、お前の副作用の進行状態を調べようと思ったのだ。」
「…は?副作用?」
「ま、わからなくとも今のお前の状況がぎりぎりであることには変わりないがな。」

平然と、聞き流してはいけない言葉をつぶやいたムニルさんに、私は眉間にしわを寄せて彼を見るけど、彼は私のほうを見ることなく、どこかあさっての方向を見て続ける。
私は、副作用について尋ねることもできずに黙り込むけれど、どうせ説明してくれるか何かあるだろうと諦めることにした。

「お前がタガをかけているそれは、本来精霊の体内に生成され、蓄積する崇気というものだ。」
「…崇気ぃ?」
「崇気は精霊の能力の元…もしくは経験値のようなものだ。崇気がたまればたまるほど使える力は増えるし、許容できる力も多くなる。私は、私の体内にあるそれを、山賊狩りをさせるためにお前に移したのだ。」
「…ムニルさん、実はゲームとか好きですか?」
「うるさい。」

崇気を持ち主から他の誰かに移すという行為はまったくないわけではない。
ムニルだけではなく、他の精霊だってそれを行ったものはいるだろうし、それをやって能力を入れ替え、さらに力を高める方法もある。
ただ、精霊や動物に崇気を移すのには問題はないものの、人間に移す場合のみに副作用が生じてしまう場合が多々あるそうだ。

「なんでリスクがある方法をとったんですか!私巻き込まれなくてもすんだんじゃね!?」
「人間を利用したほうがずっと効率がいいのだ。」
「くそ…っ、この自己中スネーク…!」

ちっと舌打ちをしながら悪態をこぼせば、ひざの上のムニルさんが黙れとばかりにぺちりと尻尾で膝を叩いた。痛くもかゆくもないわバーカ!

「原因はわからんが、それが軽いものであるか、重いものであるかは個々様々で、副作用が出ないもの、また、重い副作用で命を落とした人間もいたそうだ。」
「そんな危ないことを知らずにされてたのか私…」

ひくりと、思わず引きつる頬でムニルさんを見下ろし、にらんでやるけれども少しも気にせずに「失敗したら失敗したで別の人間をとっ捕まえればいい話だ」と平然と言い放つムニルさんに、私はなんだか泣きたくなった。こいつひどい。

「案の定副作用は出、お前は深い手傷を負った場合にだけ、崇気にのっとられて力を暴走させてしまっている。まあそれも、意識をしっかり保っていれば抑えることができるようだがな。」
「…。」
「だが、お前の副作用はそれだけではなかったようだ。」
「…いったいなんですか?」

もったいぶるように、もうひとつの副作用とやらを口にしないムニルさんに、私は眉間にしわを寄せたまま尋ねてみる。
ちらりと、黒い瞳が私のほうを向き、また視線がそらされたかと思えば、そっと、慎重な声色でムニルさんが言葉を続ける。

「お前の副作用が、更に強くなっているのだ。」
「…それ、って。」
「もうひとつの副作用はそれだ。お前は普段、タガをはずすときは意識もぶっ飛ばし、のっとられて間の記憶をなくしている。だが、先はどうだった。お前は今もそのときの記憶をしっかりと持ち、意識もしっかりとしていた。自分の意思で、タガをはずした状態であの男を殺した。それが、どういう意味だかわかるか?」
「…どういう、ことですか?」
「お前の意識が、私の崇気に食いつぶされかけているということだ。」
「…。」

意識がのっとられるだの、食いつぶされるだの。
実感のわかない非現実的な言葉に、私はひくりと眉間のしわを震わせる。

「意識を食われれば、今、こうしているお前が消え、副作用としてお前の中にあった私の崇気自身の“自我”が表に出る。」
「…じゃあ、私は…」
「もう一生表に出ることはなく、崇気に意識ごと食われて、“お前”は消える。」
「…ふーん。」

重大、のようなそうではないような。
ムニルさんの、大して大変そうな声で
はない声が、私を危機感に追いやっていないせいなのか、私は慌てることなくたずねる。

「で、それを防ぐためにはどうしたらいいんですか?」
「もちろん、精神面を消えることだな。」
「どうやって?」
「まず、そうやって私にすぐに頼ることをやめろ。」
「う…」

まあ、そう言われてしまうとそうかもしれない。
苦いものを噛んだような顔でうなる私に、ムニルさんはふんと鼻で小さく笑ってはたりと尾を振った。

「まあ、せいぜいあがくといい。」
「…なんかムニルさん、優しくなった?」
「はあ?何を言っているんだ貴様は。」
「だって、わざわざ私にそんな話して、なんか私を助けてくれてるみたいじゃないですか。」

しかも、私頼んでないのに。

にい、と口角をつりあげて笑う。
ムニルさんは、私のそんな顔に面白くなさそうに顔をゆがめて、ふいと顔を背けた。

「ただの気まぐれだ。」
「左様ですか。」










いつまでも溺れてごらん


――――――
崇気(スウキ)
精霊の中に生成され、蓄積する力の源のようなもの。
他者の体に写し、力を分け与えたり、力を交換したりすることが可能。
精霊同士が交換したり、精霊が動物に力を与える場合は問題はないが、精霊が人間に力を与える場合のみに副作用が生じるときがある。


なんか新しい設定増えた…でしゃばんなよムニル…(´・ω・`)

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