小説N

□企画3
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「ぃゆきむるぅぁああああ!」
「おっやかたさぶああああ!」

ぐりぐりぐりーっと頬をすり合わせ、激しい抱擁を繰り広げる大将と旦那を横目に、俺様、猿飛佐助は胡坐の上に頬杖をついてため息をついた。
いやね?別にね?二人に嫉妬してるわけじゃないんだよね。
だって俺様なんてあんな抱擁なんか目じゃないくらい恥ずかしいことを旦那にしちゃってるし?
もーこと細かく説明してあげたいよマジで!
…じゃなくて。

俺様が言いたいのは、…要点を先に言うと、旦那を抱きつぶすくらいにぎゅーっと抱きしめたいってこと。
やろうと思えばできるだろうけど、旦那ってば、俺様の抱擁は優しいもんだって思い込んでるみたいで、ぎゅうぎゅう苦しいくらいのやつなんかできないし甘えてくる旦那が可愛いから無理無理。
こんなときに俺様が大将だったら、何の問題もなしに、旦那からも強い抱擁いただけるのになあ…と、ぼんやりため息をついた。

「…ん?」

俺様が大将だったら…。
なんだ!そうだよ!大将になればいいんだよ!
ぱっと立ち上がり、本日の抱擁を終えた二人がそれぞれ道場と自室に向かっているとき、俺様はうきうきとその場から姿を消したのだった。






――――

「――っふう!」

額から落ちる汗を手の甲でぬぐい、着物のあわせをぱたぱたとあおいで熱を冷ます。
ゆるく下で結んでいた髪を解き、軽く頭を振って邪魔な前髪をのけてから、道場に残っているものにお疲れ様と告げて外に出た。

いい汗かいた!
前世と比べて運動量が増え、健康的な生活を送っていると自身を持って言える。
鍛錬することさえ快感に思えてくる最近に、私はいいことだと頬を緩めた。
…それはそうと…。

「すまぬ、少しいいか?」
「あら、幸村様!」
「どうかなさいましたか?」
「佐助を知らないか?」
「佐助様、にございますか?」

タイミングよく廊下を通った女中たちに声をかけ、先ほどから姿の見えない佐助の行方を尋ねる。
今日は特に任務もなかったはずだし、もしかして、何かあったのだろうかと少し不安だ。

女中は首を傾げるばかりで佐助のことはわからず、仕方なく、私は城の中を探して回ることにした。
そのとき。

「幸村!」
「! お館様!」

背後よりかかった雄雄しいお声に、私はぱっと頬を緩めて振り返った。
そこには、猛々しいオーラをまとわれたお館様が。
さっと駆け寄り、私は笑顔のまま口を開いた


「お館様、どうかなさいましたか?」
「何、おぬしが道場に言っていたようだったからの、わしも様子を見に行こうと思ったのじゃ」
「真にございますか!ならば今からでも道場に向かいましょうか!」
「いやいいのじゃ、それより幸村!」
「はいっ!」

お館様の声に姿勢を正し、元気に返事をすれば、ばっと腕を開くお館様。
普通ならハグは一日一回なのに…!うわーいお許しが出たー!と、私は嬉々としてお館様の胸に飛び込んだ。

「ぅぅおやかたさぶぁぁあー!」
「ゆきむるぁぁあああーーー!」

ぐりぐりぎゅーっ!と遠慮なく全力で抱きつき、抱きしめられ、苦しいけれどうれしい不思議な感覚に酔いしれる。
ふと、頬を押し当てているお館様の胸がとくとくといつもより速く脈打っているのに気がついたけれど、特に気にすることもなく頬を摺り寄せた。

ひとしきりハグをしたあと、ふあー、とため息をついて体を離せば、心なしかお館様の頬が赤い。
風邪でも引かれたのだろうか?お館様が?そういえばさっき心臓も速かったみたいだし…。
あとで女中をお部屋につれていかないと…。
そう心に決めてから、私はお館様にたずねた。

「お館様、ひとつお尋ねしたいことがございます!」
「む?なんじゃ?」
「佐助を知りませぬか?」
「…佐助?」

小首をかしげるお館様に、こっくりうなずいてわけを話した。

「いつもなら、道場に行くときも一緒なのですが、先ほどから佐助の姿が見えなくて…任務の話も聞いておりませんでしたから、もしや何かあったのではと…」
「…。」
「あ、いえ、考えすぎかもしれませんね!そのうち出てきますでしょう!」
「…そうさの。」
「あ!お館様、これからお時間はございいますか!」
「む、いや、まだ執務が残っていての…何か用事があったか?」
「いえ、もしよければご一緒に甘味などいかがかと…ですが、お忙しいのなら仕方ありません!執務頑張ってくださいお館様!」
「む…。」

うなずくお館様に、へにゃりと頬を緩めて、失礼しますと一言告げてくるりと背中を向ける。
たっと走り出す前に、お館様に呼び止められ、私はもう一度振り返った。

「どうかなさいましたか?」
「いや…これからどこに行くのじゃ?」
「あ…いえ、佐助を探しに行こうかと…」
「佐助に何か用事か?」
「えっと…そうではなくて…あの、その、…」
「…?」

不思議そうな顔をするお館様に、私はもごもごと口をにごらせる。
けれど、熱い頬を無視して、私ははにかんで言った。

「佐助がいないと心細くて…た、鍛錬不足でしょうか…」
「…っ!」
「気にしすぎかもしれませんが、探してきますね、それでは…っ、!」

失礼します、と、今度こそ探しに行こうときびすを返した私。
けれど、ぐいっと腕を引かれ、ひっくり返りそうになるところで支えるように背中から回った腕に抱きしめられたせいで、私は頭が真っ白になった。

「わっ、て、え!?」
「……あー、もー…」

ぎゅう、と、胸の下に巻きついた腕は迷彩の袖に手を通している。
まさか、と肩越しに振り返ってみれば、後ろにいたのは佐助だった。

「さ、さ、佐助!?なんで、」
「なんであんなに可愛いこと言うかな…俺様参っちゃうよ。」
「え、は、はあ!?」

佐助の言葉にカッとほほが熱くなる。
まさか、先ほどのお館様との会話を聞かれていたんじゃ…!
恥ずかしくなって離せ!とばたばた暴れてみるけれど、佐助は離してくれるということなくむしろぎゅうっと腕を強くする。
心臓がどくどく脈打ち、私はぎゅっと目を瞑ってごまかすように口を開いた。

「ば、ば、馬鹿佐助!おおおお館様のまえでこここんなこと…!」
「…お館様?」
「お前の背後にいらっしゃるだろう!馬鹿!あほ!間抜け!」
「…あー、えっと、大将ならさっき部屋に戻ったよ?」
「!…そ、それでもだめ!離せ!ばか!」
「…そんなにいや?」
「ッ、!」

ふっ、と耳に吐息がかかり、びくりと肩が震える。
低くかすれた佐助の声に、思わず肩がぢちまってしまって、耳元の佐助がくすりと笑ったのが聞こえた。

「心細かったんでしょ?」
「…違うもん。」
「ほんとに?」
「…うん。」
「うそつき。不安だったくせに。」
「…知らない。」

楽しそうな佐助に、私は眉根を下げて、佐助の腕に抱きしめられたまま体の向きを変えて佐助の胸板に顔を埋めたのだった。










夢がおどる街

(…大将には悪いけど、まだネタばらしは勿体無いしね)

(旦那を抱きしめながら、俺様はぺろりと舌を出して笑った。)


――――――
佐助はお館様に化けて夢主にいたずらとかしていると思う。

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