小説N
□企画4
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甘い蜜だけなめるのは私の悪い癖だ。
美味しい部分だけ食べて、まずい部分は放り投げて捨てる。
私の悪い癖だ。
ちゃぷり。
胸元でゆれる湯を見下ろして、私はゆらりと手を水中でゆらめかせる。
それにつられてみなもが波打って、月が反射する光に目を細めた。
「佐助。」
いる?と、当たり前に近いことをつぶやくようにたずねれば、優しい笑みを浮かべた佐助が、こちらを見ず、横顔だけをのぞかせた。
「呼んだ?」
「うん。…ま、呼んだだけだけどね。」
「なぁんだ、お風呂のお誘いかと思ったのに。」
「入りたい?」
「うん。」
「だめだよ。」
「やっぱね。」
ちぇ、とぺろりと舌を出して笑う佐助の、心の壁に突き刺さったちいさなトゲ。
それを知っていて、私は笑顔で両手で作ったおわんにお湯を汲んだ。
「このお湯ね。飲んでも体にいいそうだよ。」
「へえ?そうなの?」
「女中さんが言ってたよ。疲労回復、肩こり腰痛に良く効くそうで。」
「ジジイかよ!」
「ふふふ、ためしに飲んでみたら?」
「俺様がジジイだって言いたいわけ?」
「これからも佐助には頑張ってもらいたいからねぇ」
「…それは、どういう意味で?」
「もちろん、忍びとして。」
にっこりと、笑みを深めてそういってやれば、佐助は一瞬眉根を下げて、泣きそうな顔になりかけて、
すぐにいつもの笑顔になった。
「あったりまえじゃん!俺様、旦那の忍びだからね!」
「そうだね。」
「っと…じゃあ、俺様見張りに戻るから。」
「うん、呼び出してごめんね。」
「いやいいんだよ、」
見張り、頑張ってね。
笑顔で佐助の背中を見送れば、佐助は一瞬動きを止めて、何かを迷うように少し顔をうつむかせたようだったけれど、すぐにうんと返事を返して立ち去った。
甘い蜜は大好きだ。
好かれるのは、大好きだ。
けれど、佐助は嫌いだ。
苦いから。
私の思い通りになってしまうから。
私のことが好きだから。
かなわない恋をして、私のことを想い悩んでいる佐助を見るのは嫌いじゃない。
だから、まだこの遊びを続けてあげるんだ。
可愛さあまってにくさ百倍。
そんな言葉はあるけれど、逆はどうなんだろう。
嫌いだから、好き。
嫌いだけど、好き。
君と私の、このあいまいな関係がたまらなく好きだよ。
なんて、言わない。
お湯がざわめく水
(陰で涙する佐助を知って、私はますます心躍らせる)
――――――
成り代わり主←佐助というリクエストをいただいたので。
お茶とようかんをお供にがんばっ…ってないですねごめんなさい。