小説P

□bsr連載
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色恋沙汰なんて不確かなもの、われわれ精霊には不必要だ。理解もしがたい。
口に出して好きと言うだけで一緒にいるなんて不安定だ。そんなの何度だって誰にだって言える。内心で真逆のことを思っていたって言える。
一緒になるのが簡単なら離れていくのも簡単だし、愛するのなんて憎しみと紙一重。
たくさん想えば愛になると勘違いする人間がいるように、憎しみを愛と勘違う人間も、その逆もいる。

おろかな人間の感情なんか理解できないししたくもない。

だが、市という名の女の言葉には少々脳裏が冷えた。

誰が?誰を?好き?

くだらない。あの小僧がこの化け物を好く筈がないだろう。
この女は人間ではない。そしてあの小僧も人間ではない。
同じ人外だが種類が天と地ほども違う。
獣のなりそこないのような化け物と、神聖な生き物である精霊だ。その差は大きい。

そんなものたちが想い合うことなどありえない。
愛し合うことなど考えられない。

むしろあってはいけないのだ。
あるはずのないことなのだ。



それなのに、なぜ私はこんなにも心を乱しているのだ。
ざわりざわりとざわつく胸中には、蛇の体になったために誕生した心臓がどくりどくりと不定なリズムで胸を叩く。
知っている。これは、動揺だ。

なぜ私が市とか言う女の言葉に動揺しなければならない。
動揺する理由などない。愛など私は信じない。存在もしていないと言い切れる。
形にもならないその愛とかいう感情が、自身にどんな有益なものを生み出してくれるというのだ。
認めない。私は認めない。


なら、小僧が女を想おうと、小僧と女が愛し合おうと関係ないのではないか?


関係ない。関係ないのだ。関係なんかあるはずがない。あっていいはずがない。

それなのに脳内はぐらぐら揺らめいて、それを否定し拒否し続ける。
小僧の想いなんか無関係のはずなのだ。
なのに、その想いを否定する。あの女に向けられる感情を、断ち切ってしまいたいとさえ思う。
それはなぜか?

いつか小僧を食する際に邪魔になるとでも?

まさか。
力を食うのに本人の感情も意思も関係ない。

ならなぜ。

なぜ。


なぜ。


「ムニルさん?」
「っ」

はっと息を呑む。
頭を撫でていた女の指が止まり、その腕に私を抱いたまま私の顔を覗き込んでいた。

女の瞳に私が写る。
なぜ安堵する。なぜ安堵できる。

苛立つ思考を女にさとられぬよう、私はなんだと平然を装って答えた。

「いえ、ボーっとしてたみたいだったんで・・・」
「・・・放っておけ。」
「眠いんですか?」
「眠くなどない」
「そうなの?」

蛇とかって、この時期に冬眠から目を覚ますから、眠いのかと思った。

くすくすとからかうような女の声。
私の気も知らずに何を、と、意味もなく苛立って、私は尾の先を振って女の頬を叩く。
いたっ、と、痛くないだろうに反射的に声を上げる女にフンと鼻で笑って、私はぱちりと目を閉じた。


くだらん。
なんてくだらん。
まるで人間のようじゃないか。
ちっぽけなことでぐだぐだと悩み腐るなんて。

とことこと部屋に戻るために動く女の足音を聞きながら、私は一眠りするために深呼吸をした。












やさしく壊せば全部なくなる

(あ、ムニルさん寝ちゃった。やっぱねむかったんじゃん)


――――――

ムニルさんももどかしいなあ。

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