小説P

□幸村成り代わり
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村人達に持てはやされ、握手させられたり頭下げられたり拝まれたりしながらもようやくとる事が出来た宿の一室で、私と佐助は
寒さを感じるような距離をとって座っていた。

「佐助、あの・・・」

先ほどから、なんとか話しかけて場を和ませようとしてはいるものの、口下手で鈍感で、馬鹿な私ではなかなかうまくいかない。
こちらを向こうともしない佐助に、ぎゅう、と胸の奥が痛んだ。

「佐助、怒ってる、の?」

無言。何も答えず、反応も起こさない佐助は怒っているのかそれとも呆れているのかさえわからない。
私が悪いのはわかってる。でも、けど、私は間違ったことをしていない。はずだ。

怒るならいつものようにガミガミと母親のように説教してくれたほうがいっそ清々しいというのに、佐助はやはり無言を貫いた。

「・・・佐助、あの、ごめん。ごめんね?」
「・・・」
「佐助の言うこと聞かずに、突っ走っちゃって、ごめんなさい。でも、でもさ、私、間違ったことは、してないと思うの。」
「・・・」
「あっでも、私馬鹿だから、その、間違ったところがあるなら、教えてほしい、な・・・」
「・・・」

言葉が返ってこない。まるで、私という存在をないことにされているようで、ぎゅうぎゅう痛んだ胸の奥が、ついに涙を搾り出した。
じわじわと視界がゆがみ、泣いたら駄目だとわかっているのにもかかわらず、私の体は私の意思に反してついに瞳にためきれないほどの涙を作り出した。

「っさす、け・・・」
「・・・」

泣いたら、許してもらえると思ってるの?馬鹿みたい、私って、とっても安直。

悔しいような悲しいような、なんにしても負の感情が脳内をぐるぐる駆け巡る。
佐助に嫌われたかもしれない、駄目なやつだと、呆れられたかもしれない。
どうしてもっと考えて行動できなかったのかと、後悔が胸中に押し寄せて、私は膝を抱え込んでないてしまおうかとも思った。けど、


「っ、ばか、じゃないの」
「さ、っ・・・」
「旦那、あんたホント、馬鹿。馬鹿だろ、馬鹿」
「う…」

そう何度も馬鹿馬鹿言うな、と、文句の一つでも言いたかったが、私の言葉は全部佐助の肩に吸い込まれてしまう。
ぎゅう、と、後頭部と腰を抱え込まれ、苦しいくらいに抱きこまれた私の体は、脱力した状態のまま硬直した。

「あんた、俺が何で怒ってたかわかんないんだろ、ならなんで謝るんだよ、間違ったことしてないってわかってるんなら、謝るなよ」
「…で、も、佐助が怒って、」
「俺はっ!」

私の肩に顎を乗せるように擦り寄る佐助が、声を張り上げた。
どきりと心臓が跳ねて思わず口をつぐむ。
一拍置いて口を開いた佐助は、先ほどとは比べ物にならないくらいに、そっと、そっと囁いた。

「俺は、旦那みたいに、甲斐を思ってとか、立場を思ってとか、周りのことを考えながら行動したんじゃないんだ。あれはね、全部全部俺の感情なの」
「…?」
「旦那、旦那はあの時、俺の、彼女だったんだよ?」
「…、え」

突拍子もないことを、佐助は突然語りだす。
よくわからなくて聞き返すけれど、佐助はお構い無しに続けた。

「あの時旦那は俺の女で、俺は旦那の男で、男は女を守らなくちゃいけなくて、女は守られなきゃいけない。それ以前に、俺達が演じていた感情は、愛情っていうもんだっただろ?」

ぐちゃぐちゃした言葉のかけらを一生懸命に組み合わせて、文になりきらない不完全な文がつらつらと出来上がっていく。
理解が難しいその言葉を、私はただただ必死に聴いていた。

「演じていたはずだった。彼女を守る彼氏を演じて、その場しのぎの名前まで語ってさ。猿飛佐助が抱く感情を多いかぶせて、ごまかしてたんだ。」

ふと、佐助がはっと息を呑む。
言葉の最後に、そうだ、と肯定するようにつぶやくのを聞いて、私はひやりと背筋が冷たくなった。まって、やめて。

「男達に向かっていこうとする旦那を止めたのは、怪我をしてほしくないから。旦那は強いけど女の子なんだぜ、それに、俺は行ってほしくなかった、俺から離れて、戦ってほしくなかった。傷ついてほしくなかった。俺の知らないところで成長して、俺の知らない旦那になってほしくなかったんだ。」
「さすけ、」
「俺は、俺はさ、旦那に、旦那を、」
「佐助っ」
「旦那を、あいし、」

「猿飛佐助ッ!!」
「っ!」

ドン、と、佐助の胸を押す。
佐助の力が思った以上に強くて、体は少しも離れなかった。
けれど、佐助の言葉は止まったから、結果はオーライかもしれない。

「佐助、休もう。」
「旦那…?」
「疲れてるんだよ、佐助。今日はもう寝て、明日に備えよう。」
「旦那、話を聞いて、」
「明日にはお館様のもとにつく。伊達との同盟はうまくいったことを報告しなければ、」
「幸村様っ」
「おやすみ佐助」
「幸村様!」

佐助の言葉を無視して、私は敷いてあった布団にもぐりこむ。
悲鳴のように、叫ばれた名前をきいても、ただただ悲しいばかりで少しも心に響かなかった。
私の、本当の名前を呼んでもらいたい、なんて、無理な話なのに。

「…なんでだよ、っ幸村様…!」

佐助の、切ない声も、耳に入っていないフリをして、私は無理やり目を閉じる。












爪を立てればあふれ出す


――――――

急展開です。 

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